採点競技はいつの時代にも批判の対象となります。
オリンピックではフィギュアスケートや体操競技、スキージャンプなどが代表的な採点競技ですが、時には選手の人生を左右する採点結果に対して、聴衆はより厳しい目を向け、時にはメディアを通じた大激論に発展することもあります。
毎年行われる漫才コンテスト「M-1グランプリ」でも採点方法や審査員に対して、コンテスト終了後に大きな議論や批判が出てきます。
フィギュアスケートや体操競技などの採点方法が規定化されたスポーツに比べて、漫才という枠はあまりにも自由すぎるため、点数化は非常に難しいとされています。
そこで、今回過去のM-1グランプリを振り返りつつ、M-1グランプリの審査員の採点が適切と呼べるのかについて、統計的な分析を用いて考察していきます。
ついに出演者から出た審査員に対する不満
今回の記事を執筆するに至った経緯として、2017年M-1グランプリ チャンピオンのとろサーモン・久保田氏の審査員に対する不満を述べた動画がSNSを中心に拡散した問題があります。
久保田氏はM-1終了後の反省会と思われる飲み会の中で、審査員の採点に対して不満を述べており、直接名前は出していませんが上沼恵美子氏をとりあげて批判しています。
久保田氏「たぶん、お笑いマニアの人は分かってますわ。お前だよ、一番、お前だよ。分かんだろ、右側の!」
久保田氏「申し訳ないけど、審査するってことは、演者と一緒で同じ熱量で点数が同じだって思いたいやん」
久保田氏「これが格差が生まれたら違うやん。それを、『私が好きー』とか、言い出したら!」
武智氏?「右のオバハンやん!右のオバハンにはみんなウンザリですよ」
武智氏?「そんで『嫌いです』って言われたら更年期障害かと思いますよね」
久保田氏「そやろ。『私は年だから分からへんねん』とか知らんねん!」
動画では久保田氏の発言に対して、周りの芸人(スーパーマラドーナ・武智氏など)が同調する様子もあり、出場している芸人の中では審査員に対する不満が大きくたまっていることが伺えます
SNSでも上沼恵美子氏に対する批判が大きい
この動画も受けて、SNSでも採点方法に対する批判や不満が巻き起こっています。
特に上沼恵美子氏の採点基準や以下のようなコメントに対して大きな批判があります。
「(ジャルジャルに対して)ジャルジャルのファンなんですが、ネタは嫌いや」
「(ギャロップに対して)自虐ネタはあかん。自分を蔑むっていうのは基本的にはウケないっていうのをこれだけのキャリアやったら知っとかないかんわ。何してんの今まで」
「(ミキの)ファンだな。ギャロップの自虐(的なネタ)と違って突き抜けている」
「(トム・ブラウンに対して)未来のお笑いって感じかな。私は年だからついていけないや」
今回の批判により上沼恵美子氏は審査員の引退宣言
上記の久保田氏の発言を受けてか、上沼恵美子氏は自身のラジオで2018年限りでのM-1グランプリの審査員の引退を表明しています。
上沼氏「私みたいな年寄りがあんなところにちょこんと座っている場合じゃない」
上沼氏「私は(審査員を)引退します」
上沼氏「審査員は引退しますけど、むしろ(出場者として)出たいですね」
新人審査員 立川志らく氏、ナイツ・塙氏に対するネット評価
今年より新たに審査員に選ばれた立川志らく氏に対しても採点基準が不明瞭なため、ネット上では辛辣な意見があります。
立川志らく氏「(ジャルジャルに対して)ひとつも笑えなかった、だけどものすごく面白かった。」
立川志らく氏「(トム・ブラウンに対して)何なんですか、あなたたちは。意味がまったくわからない。私はあなたたちをおっかけます」
一報で、同じく新人審査員のナイツ・塙氏のコメントを評価する声も多く、来年以降も期待する声が多いようです。
塙氏「(見取り図に対して)トップバッターとして完璧だった。好みだと思うが、横の意識しかなかったのでもう少し、縦のお客さんの方を意識した立体感が生まれるともっと点数が上がったと思う。」
塙氏「(ギャロップに対して)ギャロップもスーパーマラドーナも一緒に一生漫才やっていく仲間だと思っているけど、M-1の4分の筋肉が使い切れていなかったという感じ。」
塙氏「(かまいたちに対して)パワーバランスがすごくいい。かまいたちはずっと面白いことを言うレールにかかっている感じがして好み。」
審査員を採点する
ネットやSNSだけでなく、出演者である芸人から出た審査員に対する批判の声を受け、改めて採点結果について個人的に検証してみます。
なお今回の分析は、あくまで客観的な数字を基にした統計的手法を心掛けました。
僕個人で言えば「和牛は2017年、2018年は優勝でいいはずだ!」「出場最終年など芸人のストーリー性で採点するな!」「お笑い界の神的存在であるダウンタウン・松本人志の評価こそすべてだ!」という偏った見方もありますが、そこはグッとこらえて数字だけで論じたいと思います。
分析に使ったデータ
今回は2015年以降のM-1グランプリに対象を絞り、審査員を評価しました。
M-1グランプリ自体は2001年に第1回開催されましたが、2011年~2014年までは休止しており(この間にフジテレビにて「The Manzai」が同様の漫才コンテストを主催)、時代の流れを考慮して2015年以降としました。
また、使用したデータは各審査員の決勝戦の採点結果を中心とし、参考データとして、コンビ結成年数、ネタ順、所属事務所のみを追加して分析しました。
M-1グランプリでは決勝戦の上位3組が勝ち進むファイナルラウンドがありますが、ここでは3組から1組を選択するという情報量が曖昧になるため、ここでは除外しています。
固定枠の審査員を中心にした分析
M-1グランプリの審査員は、何年も継続して選出される固定枠と、過去のM-1出場者や著名なベテラン芸人を新審査員として選出する変動枠があります。
固定枠は、ダウンタウン・松本人志氏、オール巨人氏、中川家・礼二氏、上沼恵美子氏が挙げられ、これらの審査員は3-4年にわたり審査を行っています。
これらの固定枠の審査員は他の審査員よりも採点データが多くあるため、「同一の審査員であれば審査傾向は変わらない」という前提を元に審査傾向を分析していきたいと思います。
決勝戦の採点結果
まず、ベースデータとして使用した2015〜2018年のM-!グランプリ決勝戦の採点結果を載せます。
ここでは、コンビごとの合計値(総合)、平均値、中央値、偏差値を計算しています。
- 平均値:採点結果の合計値を審査員の人数で割った値
- 中央値:審査員の点数を点数順に並べ、ちょうど真ん中にある点数
- 偏差値:審査員の点数のばらつきを示す値。値が大きいほど審査員による点数の差が大きい。
また、青字は採点者がつけた最低点、赤字は審査員がつけた最高点を示します。
2015年
2016年
2017年
2018年
審査員の分析
採点バラツキと相関性から審査員を採点
審査員ごとの各都市の全コンビに対する採点結果の偏差(=バラツキ)を下の表にまとめます。
ちなみに、2015年は歴代M-1チャンピオンが審査員となりましたが、2015年1度きりの審査員が多かったので、下の表では除外しています。
偏差 | 上沼 | 松本 | 巨人 | 礼二 | 大吉 | 富澤 | 塙 | 志らく | 小朝 | 渡辺 |
2015年 |
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| 2.35 |
| 1.62 |
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2016年 | 4.30 | 3.52 | 3.68 | 2.70 | 1.90 |
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2017年 | 3.47 | 3.73 | 3.34 | 2.02 | 1.72 |
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| 1.56 | 2.60 |
2018年 | 5.20 | 4.61 | 2.98 | 2.00 |
| 2.13 | 4.60 | 4.77 |
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バラツキが大きいトップ3を赤色、小さいトップ3を青色で示しています。
この表から読み取れる内容としては、2018年大会の採点が非常にバラついた(バラツキトップ3が2018年の上沼氏、松本市、志らく氏の3名)ということがわかります。
ちなみにバラツキが大きい=採点方式が悪いではありません。採点がバラついていても、面白いコンビにはより多く加点するというケースも多々あります。
次に審査員の採点結果と中央値の相関係数を表にまとめました。
相関係数とは、ある項目と別の項目がどれくらい関連しているかを-1〜+1で表す指標です。例えば、「身長が高いほど体重が重い」は「正の相関が高い」と言えます。相関係数は0に近づくほど全く関連性がなく、絶対値が高いほど相関が高くなります。
ここでは、審査員の採点結果と審査員全体の中央値の相関係数を計算しており、相関が高いほど審査員全体の総意と近いことを示しています。
中央値相関 | 上沼 | 松本 | 巨人 | 礼二 | 大吉 | 富澤 | 塙 | 志らく | 小朝 | 渡辺 |
2015年 | 0.19 | 0.65 | ||||||||
2016年 | 0.53 | 0.89 | 0.77 | 0.78 | 0.89 | |||||
2017年 | 0.87 | 0.75 | 0.49 | 0.78 | 0.74 | 0.89 | 0.82 | |||
2018年 | 0.66 | 0.96 | 0.90 | 0.73 | 0.93 | 0.95 | 0.71 |
ここでは、相関関係がかなり高い0.9以上を赤字、相関があまり高くない0.7以下を青字で示しています。
この表からは2018年は松本氏や塙氏の採点が中央値と相関が高く、他の審査員と違和感のない採点をしていると言えます。
一方で、2018年に批判の対象となった上沼氏は相関が0.66と低く、他の審査員とは違った個性的な採点をしていると判断できます。
上沼恵美子氏への批判は妥当か
上で計算した結果を元に、改めて今回の上沼恵美子氏の採点に対する批判を考えてみます。
上沼氏の2018年の採点はバラツキが大きく、しかも他の審査員の採点傾向とはややずれていることが伺えます。
視聴者の上沼氏の採点基準に対する違和感は、この数値で説明できるのではないでしょうか。
また、上沼氏はミキなど所定の芸人に対して採点が甘くなるという指摘があります。
ということで、2015年以降の吉本クリエイディブエージェンシー(以下、吉本興業)とそれ以外の事務所(非吉本興業)という2標本に分類し、各審査員の採点結果の平均値と事務所(吉本興業と非吉本興業)間による差分を計算しました。
上沼 | 松本 | 巨人 | 礼二 | 大吉 | |
吉本 | 91.25 | 89.38 | 90.21 | 91.48 | 90.93 |
吉本以外 | 88.20 | 88.00 | 88.60 | 89.67 | 90.00 |
差分 | 3.05 | 1.38 | 1.61 | 1.82 | 0.93 |
この結果では、上沼氏の採点は吉本興業の芸人に対して平均して約3点も高いことがわかります。
他の固定枠の審査員の差分の2倍近い結果になっており、吉本興業の芸人に対して採点が甘い事実が浮き上がってきます。
吉本興業贔屓というよりは、上沼氏は関西を主体にした活動をしているため、吉本興業所属の芸人との絡みが多いのが要因かもしれません。上記の固定枠の審査員のうち、非吉本興業なのは上沼氏だけなので、所属事務所による贔屓ではないかもしれません。
以上の分析結果を総合すれば、上沼氏の採点基準はやや偏りがあることが伺えます。
しかし、M-1グランプリの審査員はもちろん上沼氏一人でやっているわけではなく、複数人の採点結果を総合して順位付けがされているため、上沼氏の採点だけで順位が大きく変動するわけではありません。
事実、スキージャンプなどで採用される審査員の採点の最大得点と最小得点を除外して総合点を計算しても、2015年以降のファイナルラウンド出場者は変わりませんでした。
また、審査員に上沼氏が招聘されているのは女性芸人としての視点を期待されているからであり、むしろ上沼氏の採点にバラツキや個性が出るのは大会主催者の意図と一致していると言えます。
視聴者(出場者)と大会運営の意図のすれ違いにより、今回のような騒動に発展したと考えられます。お笑いは非常に多様性のある分野のため、他の審査員とは異なるジャンルの審査員(落語家、コント師、女性芸人など)は、今後も批判される可能性が高いと言えます。
新審査員の立川志らく氏も偏った審査
上沼氏以外にも採点に対する疑問の声が多かったのが、落語家の立川志らく氏です。
志らく氏も上沼氏ほどの偏った傾向ではありませんが、採点に対するバラツキが4.77と比較的大きく、中央値との相関係数は0.71とやや低めに出ています。
ジャルジャルに対する得点が99点、トム・ブラウンに対しては97点と突出して高い点数をつけたり、決勝戦の1位と2位の霜降り明星と和牛に対しては93点とやや物足りない点数をつけているのが、本結果に結びついたと考えられます。
今回の審査員の中で、新しい笑いに対する評価が最も高かったのが立川志らく氏だと言えます。それが良くも悪くも批判に繋がっているというイメージです。
お笑い界のレジェンド・松本人志氏の採点は非常に安定
今回の審査員の中で中央値との相関が最も高かったのが、大会チェアマン的存在のダウンタウン・松本人志氏です。
その採点は中央値とほぼ一致する0.96を叩き出しており、統計上は最も審査員の総意(≒公平性)に近い採点を行なったと言えます。
しかしその一方で、相関が高い判定は無難な採点という印象を与えかねません。SNSの声を見ても「置きにいった採点」という声がチラホラ見られました。
新審査員のナイツ・塙氏の採点の素晴らしさ
ネットでは新審査員であるナイツ・塙氏のコメントの素晴らしさが話題となりました。
ただしコメントだけなく、採点結果は中央値との相関が0.95と松本氏とほぼ同等であることが伺えます。
M-1チャンピオン経験はないものの、採点内容も素晴らしいと言えます。芸人に対する評価コメントや指摘事項も的を得ているとの声が多かったです。
まとめ
今回はM-1グランプリの審査員を、採点結果などを元に統計的に審査してみました。
M-1グランプリでは芸人が中心ですが、たまには審査員に注目して見てみると優勝予想などがより面白くなるかもしれません。
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